ぶたも尾田てりゃ木に登る

わたしのなまえ

 ちよのはもうすぐ6歳です。ママが、
「誕生日には、何が欲しい?」
って聞きました。ちよのは、
「ないしょだよ」
って答えたけど、欲しいものはもうずっと前から決まっています。新しいなまえが欲しいのです。ちよのっていうなまえは、あんまり好きじゃないのです。

 幼稚園で、ちよのはやよいちゃんとブランコして遊びます。ブランコをこぐたび、やよいちゃんの長い髪が風に揺れて、ちよのはいつも思います。
「やよいちゃんはいいな。ちよのも、やよいっていうなまえだったら、きっとやよいちゃんみたいにさらさらの髪の毛だったのに」
 ちよのはくるくるのくせっ毛で、やよいちゃんのまっすぐな髪がうらやましいのです。

 日曜日に公園に行くと、まりあちゃんに会いました。まりあちゃんのママは外国人です。お砂場で一緒におままごとをしながら、ちよのはいつも思います。
「まりあちゃんはいいな。ちよのも、まりあっていうなまえだったら、きっとまりあちゃんみたいに青い目だったのに」
ちよのの目は黒色で、まりあちゃんのすてきな青い目がうらやましいのです。

 ある日の午後、いくみくんが遊びにきました。いくみくんは、隣に住んでいる小学生のおにいちゃんです。そのとき、ちよのはノートを前にう~んとうなっていました。
「ちよのちゃん、何してるの?」
 いくみくんが覗き込むと、ノートには、さくら、しおり、あやの、ゆりな、ももか・・・・・・女の子のなまえがたくさん書いてあります。いくみくんは不思議そうに、
「それ、なあに?」
と聞きました。
「ちよのね、誕生日に新しいなまえをもらうことにしたの。だから、どんなのにしようか選んでるの」
 ちよのはすました顔で答えました。
「ちよのちゃんは、自分のなまえが嫌なの?」
「うん。だってね、ななこちゃんがね、ななこのおばあちゃんはちよこっていうんだよ、ちよのちゃんはおばあちゃんみたいななまえだね、って言ったんだよ」
と、またノートに向かいました。
 そういえば、このあいだ風邪で病院へ行ったとき、偶然いくみくんも待合室にいて、看護婦さんに「次のかた、いくみちゃん、どうぞ」と言われていたっけ。
「いくみくんは、女の子に間違われたりして、いくみっていうなまえが嫌じゃないの?」
 いくみくんは、はあ?というような顔をして、それからくすっと笑いました。
「ぼくのなまえは、漢字で書くと育つ海って書くんだよ。海みたいに大きく育て、って、お父さんがつけたんだ。大好きだよ」
いくみくんのパパは、船を作るお仕事をしています。ちよのは、
「ふうん」
と言いました。

 ちよのの誕生日はもうあさってです。そろそろ欲しいものを教えてくれないと誕生日に間に合わないわよ、とママが言いました。ちよのは、ちょっと考えてから、
「ちよのは、どうしてちよのっていうなまえなの?」
と聞きました。
「とってもかわいいなまえだと思ったから」
「えー、かわいくない。もっと違うなまえがよかったのに」
 するとママは、押入れからちよのが赤ちゃんの時のアルバムを持ってきました。
「ちよのの『ちよ』はね、千代紙の『ちよ』なの。これが千代紙だよ」
 ママが指さしたページには、生まれたばかりのちよのの写真と、その隣に小さな折鶴が貼ってありました。今まで気にして見たことなんてなかったけど、その折鶴は、赤色の地にかわいい花や扇や星がたくさんついている千代紙で折ってあります。
「これはね、ちよののおばあちゃんが作ってくれたの。おばあちゃんは、ちよのが生まれるのをとっても楽しみにしていたんだけど、その前に病気で死んじゃったの。でも、ちよのにあげてねって、目がよく見えないのに、手もふるえてたのに、がんばってがんばって、とっても長い時間をかけて、これを折ってくれたんだよ」
ちよのはびっくりしました。写真でしか知らないおばあちゃんが、自分のために鶴を折ってくれていたなんて。
「ママ、プレゼント何がいいか、もう少し考えるから、明日まで待って」

 ついに誕生日になりました。ケーキを食べて、いよいよプレゼントの包みを開けます。
「わあ、ありがとう!」
 取り出したのは、赤い千代紙が表紙に貼られた、丈夫そうなノートです。千代紙は、金色や銀色のもようも入っていて、きらきら光ってとてもきれいです。
 さっそく、ちよのはノートに鉛筆で書き出しました。あゆみ、すずこ、こずえ、はるか、さとみ・・・・・・。
「ちよのが大きくなって赤ちゃんを産んだら、赤ちゃんが一番大好きになるなまえを選んであげるの。だから、これから思いついたなまえ、全部書いておくことにしたの」
 パパもママもにっこりしました。
「だってね、ちよのは、ちよのっていうなまえ、大好きだから」

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