ぶたも尾田てりゃ木に登る

宇宙屋本舗ドラッグストア孫悟空

 「博士、やっと到着です。ご覧ください」
助手が指さす先には、青く輝く星があった。
「おお、これが地球か!」
博士は感慨深げに何度もうなずいた。
「我がトンチクビヤウー星は、少子化による人口減のため、不景気に悩んで久しい。薬の開発にかけては宇宙一の技術を誇る我々だが、どんなに素晴らしい薬品を作っても、買う者が少ないのではどうしようもない。我が星の経済を救うには、もはや他の星にわが星の製品を大量購入してもらうしかあるまい」
「地球をマーケットにできれば、我が星の経済が活性化するのは間違いありませんね」
「うむ。そのためには、どんな製品が地球人の購買意欲をそそるか、徹底的にリサーチせねばならん。それにしても、なんと美しい星だ。ここが『西遊記』の故郷なのだな。『西遊記』こそ、全宇宙の古典というにふさわしい名作だ。さあ、ゆくぞ!ああ、『西遊記』!萌え~っ!
博士と助手を乗せた宇宙船は、地球へとまっすぐに突き進んだ。

分身薬『ソンゴクーン』

 ママは大忙しでした。今日はモモコの幼稚園の運動会。朝から、お弁当作りに洗濯に掃除にとてんてこまいです。それなのに、
「ママ~、お着替え手伝って~」
と、モモコが甘えます。小学生のお兄ちゃんもトイレで、
「ママ~、紙がなくなった~!」
と大騒ぎ。パパまでボサボサの頭を掻きつつ、
「ママ~、テレビのリモコン、どこ?」
「もう、いい加減にしてよーっ!!!」
ママはさらにスピードアップ。なんとか運動会にはギリギリ間に合いましたが、ママは、はっと重大なミスに気づきました。
「しまった、お化粧するの忘れた!

 翌日。ママは買い物帰りに新しいドラッグストアを見つけました。
「ドラッグストア孫悟空?変わった名前ね」
入ってみると、ポニーテールの店員さんが赤い箱をきれいに並べていました。
「いらっしゃいませ。こちら、新発売の『ソンゴクーン』です。孫悟空みたいに自分の分身を作ることができるお薬です」
「ええっ」
ママの目がキラリと輝きました。
「一回一錠の服用で、三人の分身を作ることができます。効果は約一時間です」
「それ、買います!」

 ソンゴクーンはすばらしいお薬でした。今朝も、ピョコン、ピョコン、ピョコン。ママが四人になりました。本物のママは朝ごはんの準備をします。分身ママ一号は洗濯、分身ママ二号は掃除、分身ママ三号は子供の世話をします。そして一時間後、分身たちはひゅう~っとママの身体に吸いこまれるのでした。

一週間がたちました。金曜日の午後です。
「ただいま~」
「お兄ちゃん、おかえり。ちょっとモモコとお留守番してね。あ、宿題と上履き洗いもしっかりね」
「え~」
お兄ちゃんが不満そうな顔をするのもかまわず、ママは出かけてしまいました。
「もう!よっちゃんと遊ぶ約束してたのに」
ふと見ると、ソンゴクーンが置いてあります。
「ラッキー!いいこと考えた!」
お兄ちゃんは大喜びでソンゴクーンを一錠、口へ放り込みました。

 一時間後。帰ってきたママは仰天しました。なんとお兄ちゃんは、引っかき傷はあるわ、たんこぶはできているわ、ズボンは破れているわ、もうむちゃくちゃだったのです。
「どっ、どうしたの!?」
お兄ちゃんは泣きながらソンゴクーンを指さしました。

 真相はこうです。お兄ちゃんは、現れた三人の分身に偉そうに命令しました。
「分身ぼく一号は、宿題をすること。分身ぼく二号は、上履きを洗って。分身ぼく三号は、モモコとお留守番。じゃあ、そういうことで」
でも、そんなに上手くはいかなかったのです。
「ちょっと待てよ」
「自分だけ遊ぶなんて許さないぞ」
「宿題なんかまっぴらごめんだ」
詰め寄る分身たちを、お兄ちゃんが睨みます。
「なんだと、分身のくせになまいきだぞ!」
「本物のくせに勝手な奴だ、やっちまえ!
分身たちはお兄ちゃんに飛びかかりました。

 そして、分身たちが消えたのがついさっき。お兄ちゃんはママに湿布を貼ってもらいながら、まだ泣いています。すると、ドアの開く音がしてパパが帰ってきました。
「おかえりなさ…」
パパを見てママは絶句しました。鼻血が出ているわ、メガネのレンズが割れているわ、背広はくしゃくしゃになっているわ、もうむちゃくちゃだったのです。
「どっ、どうしたの!?」
パパは黙ってソンゴクーンを指さしました。

 真相はこうです。友人とお酒を飲む約束をしていたパパは、ソンゴクーンを一錠持って出勤しました。退社時間が近づいた頃に飲み、現れた三人の分身に、偉そうに命令しました。
「分身パパ一号は、残業をよろしく。分身パパ二号は、取引先にこの書類を届けること。分身パパ三号は、今日発売の週刊誌を買っておいてくれ。じゃあ、そういうことで」
でも、そんなに上手くはいかなかったのです。
「ちょっと待てよ」
「自分だけお酒を飲むなんて許さないぞ」
「残業なんかまっぴらごめんだ」
詰め寄る分身たちを、パパが睨みます。
「なんだと、分身のくせになまいきだぞ!」
「本物のくせに勝手な奴だ、やっちまえ!
分身たちはパパに飛びかかりました。

「あなたたち、親子なのねえ」
ママは変なところで感心しています。
「どうしてママだけ大丈夫なの?」
お兄ちゃんが不思議そうに聞きました。
「ママは遊ぶために使ってないもの」
二人とも、恥ずかしそうに首をすくめました。
「そういえば来週の水曜日は、小学校と幼稚園の参観日が重なっちゃったのよね。分身ママ一号にお兄ちゃんの教室に行ってもらって、分身ママ二号にモモコを見に行ってもらって、分身ママ三号に家事をお願いするわ。本物のママは、そうねえ、パパがむやみに『ソンゴクーン』を飲まないように、尾行して監視しようかしら」
「え~っ!勘弁してよ~!」
パパの困った声と同時に、みんなの笑い声が響きました。

 数日後、ママはドラッグストア孫悟空に向かいました。しかし、不思議なことに、消えてしまっていました。確かにここだったはず、と何度探してみても、もうどこにもないのです。
でもママは、『ソンゴクーン』を買うためにお店を探したわけではありません。あの事件以来、パパもお兄ちゃんもモモコも、お手伝いをよくしてくれるようになったので、『ソンゴクーン』を飲まなくてもよくなったからです。
「お礼を言いたかったのにな、ありがとうって」

● ● ●
「なに、その女はもうソンゴクーンを欲しがっていないだと?何故だ」
「はっきりした理由はわかりかねるのですが、どうやら『母親』というのは、自分が何人かに増えて完璧に仕事をこなすよりも、時間がかかったりミスがあったりしても家族に手伝ってもらうほうが嬉しいという特殊な人種のようです。ターゲットについても考慮しなければならないと思われます」
「ううむ。では、次は慎重に実験対象を選択せねばなるまい」
腕組みをして考え込む博士に助手はおそるおそる問いかけた。
「あのう…どうしてもこの髪型で実験に臨まなければなりませんか?」
「あたりまえだ。おまえも知っているだろう。『西遊記』には玉龍という白馬が登場する。奇しくも、おまえのその髪形は、ポニーテールと言うのだ」

万能ひょうたん『キンカックス』

 水曜日の午後、ふじおは百円玉を握り締めて走っていました。今日は待ちに待ったおこづかいの日。めざすはお菓子屋さんです。
「チョコレート~、チョコレート~。ん?」
ふじおは真新しいドラッグストアを見つけて足を止めました。
「こんなところにお店ができたんだ。ドラッグストア孫悟空?なんだそりゃ」
さっさと通り過ぎようとしましたが、店の中に置いてある奇妙な形の物にふと目が留まりました。もっとよく見ようと近づくと、するすると自動ドアが開いてしまいました。
「いらっしゃいませ」
ポニーテールの店員さんが明るい笑顔で声をかけました。
「『キンカックス』おためしキャンペーンです。無料ですよ、どうぞ」
手渡されたのは、黄色いひょうたんです。
「西遊記のお話に出てくる金角銀角ってご存知?金角が持っているひょうたんは、人間を吸い込んでお酒に溶かしてしまうんだけど、この『キンカックス』には、要らないものを吸い込んで溶かしてしまう薬が入っているの」
ひょうたんは、ふじおの両手に収まるくらいの大きさです。
「小さいけど、いっぱい入りますよ。使い方は、フタをはずして、要らないものの名前を呼んでから『は~い』。たとえば、『バナナの皮、は~い』って言うの」
「へえ~」
ふじおはひょうたんをひっくり返したり振ったりこすったりしていましたが、
「あっ」
と何か思いついたように目をキラリと輝かせました。
「ありがとう、これ、もらっていくね!」
チョコレートのことはすっかり忘れて、ふじおはすごい速さで走りだしました。

 息をきらしながら部屋に戻ったふじおは、机の引き出しから、昨日返してもらったテストを取り出しました。そして『キンカックス』のフタをはずし、
35点のテスト、は~い!」
するとテストがひゅうう~っとひょうたんに吸い込まれて、すっぽん!
「やった!」
悪い点数がいつママに見つかるかとヒヤヒヤしていたけど、これでもう安心です。

 その後、ふじおが『キンカックス』に入れたものと言えば、滑り台でひっかけて破ったTシャツとか、絵の具がべったりついてしまった給食袋とか、どうしても食べたくないピーマンとか。おかげで、ふじおはママに怒られずにすんでごきげんでした。でもある日、妹のるりこに『キンカックス』が見つかってしまいました。
「あ~っ!おにいちゃん、ずるい!」
「し~っ!るりこにも使わせてやるから、絶対ナイショだぞ」
すると、るりこの目がキラリと光りました。実はついさっき、パパの万年筆で遊んでいて壊してしまったのです。
「壊れた万年筆、は~い!」
万年筆はひゅうう~っとひょうたんに吸い込まれて、すっぽん!るりこはホッとしました。

 数日後。ママはふじおの部屋を掃除していて、見慣れないひょうたんを見つけました。
「なにかしら、これ」
落ちていた説明書を読んで、
「まさかねえ。変なおもちゃ」
と掃除を続けましたが、『キンカックス』が気になります。
「よし、ものはためし。お腹のぜい肉、は~い」
すると、ママのお腹がぶるんぶるんと震えたかと思うと、お肉のかたまりがひゅうう~っとひょうたんに吸い込まれて、すっぽん!
「ええっ!うそみたい!キャー嬉しい!」

 夕方になって、会社から帰ってきたパパを、ママはルンルン気分で出迎えました。
「見て見て!OL時代のスカートがまた履けるようになったのよ!」
目をパチクリさせるパパに、ママは『キンカックス』のことを話しました。でもパパは、
「そんなバカな」
とまるで本気にしません。
「パパったら頑固ねえ」
と言われても、黙って新聞を読んでいるだけでした。

 その夜。みんなが寝静まったのを待って、パパはそろりそろりとふじおの部屋へ忍び込みました。実はパパも興味津々だったのです。『キンカックス』を自分の部屋へ持ち帰ると早速、要らないものの名前を呼んでみました。すると、どうしたことでしょう。ピキピキッとヒビが入ったかと思うと、ひょうたんはパーン!と大きな音をたてて割れてしまいました。
「どうしたの!?」
「何の音?」
ママもふじおもるりこもびっくりして起きてきました。みんなの目の前で、ひょうたんからこぼれた液体が白い煙を出しながら次第に形を作り始めました。そして、35点のテストや、破れたTシャツや壊れた万年筆が現れ、白い塊がママのおなかへひゅん!と貼り付いたからさあ大変。
「テスト隠してたのね!」
とママはふじおに怒り、
「ぼくの『キンカックス』を壊した!」
とふじおはパパに怒り、
「高かった万年筆がこんな姿に!」
とパパはるりこに怒り、
「ママ、おなかがまた大きくなったよ」
とるりこが指摘してママは大ショック。
白い煙が消えても、『キンカックス』はこなごなになったままでした。

 翌日は休日でした。ママとふじおとるりこは町内会のバザーに出かけ、パパが1人でゴロゴロしながら留守番をしていると、玄関のチャイムが鳴りました。
「ごめんください」
ポニーテールのお姉さんが立っています。
「私、ドラッグストア孫悟空の者です。当社の商品が大変なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
その時、開けたドアから風が吹き込んで、パパはハックションと大きなくしゃみをしました。
「まあ、花粉症ですか。お詫びのしるしに、この『サゴジョーズ』をお試しください。河童の沙悟浄にちなんで、息をしなくても1時間水中に潜っていられるお薬です。外出時に息をしなくてすむからと、花粉症のかたにも喜ばれています」
「はあ」
パパは鼻をすすりながら緑色の箱を受け取りました。
「それで、大変恐縮なのですが、『キンカックス』で何を溶かそうとしたのかを、教えていただけないでしょうか。問題を開発部門にフィードバックして品質向上を図りますので、ぜひご協力をお願いいたします」
「えっ!何をって…」
パパはしばらくもじもじしていましたが、結局、顔を赤らめながらも答えてあげました。
帰り際、お姉さんは、バッグから赤いリボンで包装したかわいい箱を取り出し、
「これはふじおくんへ」
と言い残して去っていったのでした。

 ポニーテールを揺らしながら、お姉さんは帰り道を急いでいました。首をかしげつつ小さな声でつぶやいています。
「『キンカックス』が溶かすことができなかったものは、住宅ローンというものなのね。手ごわい相手に違いないわ。調査しなくては」

 バザーから帰ったふじおが、リボンのかかった小箱を開けると、中にはチョコレートが入っていました。おこづかいをもらうと必ず買っている、お気に入りのシールつきチョコレートです。ふじおはそれをつかむと夢中で家を飛び出しました。でも、ドラッグストア孫悟空は消えてしまっていました。確かにここだったはず、と何度探してみても、もうどこにもないのです。
お礼も言いたかったけど、ふじおはあの店員さんに聞きたいことがありました。『キンカックス』をもらった日、ぼくがチョコレートを買い忘れたのをなぜ知っていたの?ぼくが買うつもりだったチョコレートがこれだってことが、なぜわかったの?

 しばらくふじおは立ち尽くしていましたが、チョコレートを口に放り込むと元気に歩き始めました。ドラッグストア孫悟空にも、ポニーテールの店員さんにも、またいつか会える。そんな気がしたからです。『キンカックス』が割れちゃったのはちょっと残念だったけど、チョコレートは最高に美味しかったしね。

● ● ●
「な、なんということだ!この星では、たかだか家を一軒建てるために、一生ローンを払い続けねばならんのか!」
「はい。どうやら、『男は黙って土地付き一戸建て』などという迷信が生きているようなのです。それに対し、女が一人暮らしをする場合はマンションが好まれるようで、その場合の同居人はだったかだったか…」
「この星は見かけの美しさに似合わず過酷なのだな。キンカックスについては一から見直す必要がありそうだ。しかたがない、次の実験に移りたまえ」

天才顆粒『サンゾーナ』

「あ~あ、明日のテスト、いやだなあ」
学校からの帰り道。ゲンタはとぼとぼと歩いていました。大嫌いな算数のテストがあるのです。
「テストなんかなくなっちまえばいいのに!くそっ!」
ゲンタは思わず道端の小石を蹴っ飛ばしました。すると大変!足から靴がすぽんと抜けて、ひゅううう~。靴は、斜め前のお店に入ってしまいました。
「しまった!」
ゲンタはおそるおそる店に近づきました。看板には「ドラッグストア孫悟空」と書いてあります。そうっと中を覗き込むと、
「いらっしゃいませ」
と元気な声がして、ゲンタはびっくりして飛び上がりました。
「この靴、ぼうやのなの?はい、どうぞ」
ポニーテールの店員さんがにっこり微笑みながら靴を差し出しました。ゲンタは慌てて受け取り、すぐに逃げ出そうとしましたが、こんな時に限って靴がうまく履けません。その間に、店員さんは白い箱を持ってきました。
「良かったら、新商品の試供品をいかが?これ、『サンゾーナ』と言って、頭がよくなる薬なの」
「ええっ!頭がよくなる薬!?」
ゲンタは白い箱を手に取ると、まじまじと見つめました。
「三蔵法師ってご存知?西遊記に出てくる偉いお坊さん。その三蔵法師みたいに賢くなれる薬なの。ただし、小学生は一日一回一粒しか飲んじゃ…」
「やった~!これで明日は楽勝だぜ!」
店員さんの説明を最後まで聞かずに、ゲンタはもう駆け出していました。

 翌日。ゲンタは『サンゾーナ』を一粒飲んでテストに臨みました。するとどうでしょう。驚くほど簡単にテストがすらすら解けたのです。帰り道、ゲンタは鼻歌まじりにスキップしています。
「久々の百点満点だ!ママにごほうびに何を買ってもらおうかな~。いや、待てよ。久々なんてもんじゃなくなるぞ。百点なんて、もうこれから毎日とれるんだ。ぼくって天才!」
ゲンタは意気揚々と家のドアを開けました。
その日の夕食は、ママがはりきってごちそうを作ったのは言うまでもありません。

 それからというもの、ゲンタはクラスの注目の的でした。急に勉強ができるようになったので、先生にもほめられるし、友達も尊敬のまなざしで見るのです。実は、毎朝『サンゾーナ』を一粒飲んでいるだけなんですけどね。そして、ある日のこと。
「ゲンタくん、土曜日にうちで一緒に勉強しない?算数で教えてほしいところがあるの。ね、お願い」
同じクラスのあかねちゃんです。実は、あかねちゃんは、ゲンタが以前から好きな女の子なのです。ゲンタは天にも昇る気持ちで答えました。
「もちろんだとも!何でも聞いてよ!」

 約束の日。ゲンタは早起きして、髪を整えたり、鏡で服装をチェックしたり、ハンカチにアイロンをかけたり、念入りに準備をしました。さあ、いよいよ出発です。
「よし、あとは『サンゾーナ』を飲むだけだ。今日は特別な日だからな、失敗は許されないぞ。うん、一粒じゃ心配だな、二粒飲もう!」
一気に二粒を口へ放り込むと、ゲンタはいそいそとあかねちゃんの家へ出かけました。
「ゲンタくんって、本当に頭がいいのねえ」
今日のゲンタは完璧でした。てきぱきと算数の問題を解いてみせる姿に、あかねちゃんはうっとり。とてもいい雰囲気です。
「教えてもらって助かったわ、ありがとう。これ、私が焼いたクッキーなの。いっぱい食べてね」
「あかねちゃんが作ってくれたの?ぼくのために?嬉しいな~大感激!いただきま~す!」
ゲンタは最高に幸せな気分でした。

「ただいま~」
まだふわふわした心地で家に帰り、キッチンにいるママに声をかけました。
「これ、あかねちゃんがお土産にくれたの。すごくおいしいクッキーだよ」
「まあ、ありがとうね」
「じゃ、ぼく着替えてくる」
とくるりと背を向けると、ママが悲鳴をあげました。
「ゲンタ!!その頭、どうしたの!?」
「え?」
ゲンタは後頭部に手をやると、
うわあああああああああああ~っ!
なんと、ツルツルなのです。ゲンタは慌てて鏡を見に行きました。
うわあああああああああああ~っ!
やっぱり髪の毛がありません。
「いったいどうしたことなの!?」
ママもわけがわからずオロオロするばかりです。ゲンタはあまりのショックに泣き出してしまいました。その時、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴りました。ママがドアを開けると、ポニーテールのお姉さんが立っています。
「私、ドラッグストア孫悟空の者です。実は、ゲンタさんに差し上げた『サンゾーナ』に重大な副作用があることがわかりまして、お詫びに伺った次第です。本当に申し訳ございませんでした。」
ゲンタは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、そうっと部屋から覗いてみました。
「副作用というのは、頭の中が三蔵法師のように賢くなるだけでなく、頭の外、つまり髪の毛まで三蔵法師のようにツルツルのお坊さんになってしまうことなのです。たまに一粒飲むくらいでは、気づかないくらいの脱毛なのですが、続けて飲むとだんだん髪が少なくなってしまいます。もし、間違えて一度に二粒以上飲んだりしたら…」
うわああああああああああああああああああああ~ん!
ゲンタの泣き叫ぶ声が響き渡りました。

 その夜、ゲンタは「薬に頼って百点をとるとは何事か」とパパとママにこってり絞られました。髪の毛は、お姉さんがくれた特製毛生え薬のおかげで元どおりになりましたが、『サンゾーナ』は回収されてしまいました。でも、がっかりしてばかりはいられません。だって、大好きなあかねちゃんに「薬で賢くなっていただけ」なんてかっこわるくて言えるはずがありません。ゲンタはがむしゃらに猛勉強しました。

 数日後。ゲンタはランドセルをガタガタ鳴らしながら、フルスピードで走ってドラッグストア孫悟空へ向かいました。でも、お店は消えてしまっていました。確かにここだったはず、と何度探してみても、もうどこにもないのです。
「自分の力で百点をとったこと、知らせに来たのになあ」
ゲンタはずっと手に握り締めていた答案を見つめました。
「ま、いっか」
そう言うと、くるりと一回転して楽しそうにスキップを始めました。
「だって、明日はあかねちゃんとデートなんだも~ん!」

● ● ●
「何故だ!何故ハゲがいかんのだ!悪だと言うのか!不道徳だと言うのか!何故だああああああああああっ
「博士!ど、どうか落ち着いてください!興奮なさるとお身体に障ります!」
助手は暴れる博士を必死で取り押さえ、なんとか椅子に座らせた。
「この国においてはハゲは忌むべきものなのです。ハゲを予防するための育毛剤や養毛剤が競って研究され、飛ぶように売れています。また、ハゲを隠すためのカツラの性能も非常に発達しているのです。そして、仮に粗悪なカツラを着用しているために明らかにハゲだということがわかっても、それを指摘するのはタブーなのです」
「日本の男たちはヒゲを剃り、女たちはワキ毛を抜くというではないか。何故頭髪だけがいかんのだ。ハゲこそ完璧かつ自然な永久脱毛ではないか。いったい日本という国はどうなっているのだ!」
「あっ!」
突然動きを止めた助手を、博士はまだギラギラしている目で見つめた。
「そ、その、日本なんですが…。私も今回の実験中に初めて知ったのですが、『西遊記』はこの日本ではなく、隣の中国という国の文献だそうです」
「な、なんだとおおおおおお!ううぬ、しかたがない。この実験、すべて中国でやりなおしじゃ~っ!」(おしまい)

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